サマーエンド・イレギュラー
         〜789女子高生シリーズ
          『サマーエンド・ラプソディ』 後日談

 



     3



そんな恐ろしい事態へ巻き込まれていた久蔵殿だったなんて、
想像だってしなかった白百合さんやひなげしさんではあったれど。
貸し切り扱いになっていた『八百萬屋』へ、
やや遅れてやって来た紅ばらさんの様子がおかしいことへは
さすがにすぐさま気がついて。
真っ直ぐ家まで送らず、
疲れたならすぐにも電話しなさいと、兵庫から言い聞かされていたのへは、
公演の疲労の話かなくらいにしか感じなかったが。
いつもと同じような浅い表情は、そればかりではない違和感も滲ませており。

 『疲れましたか?』
 『もう帰られますか? あ、それともウチで休んで…。』

大きな役を演じた舞台がやっと幕を下ろしたとあって、
意識しない疲れも出たのかなと、
その時点ではそうと思った。
実は前世もそうだった、妙に律義な久蔵殿だから、
疲労困憊だってのに、待ってるよと言ったこちらの言葉を蔑ろに出来ず、
約束を守って乾杯をしに来てくれたのかなと。
こちらはこちらで、よく気の回る性分の二人、
顔色がすぐれず、表情が落ち着かない紅ばらさんへ、
どうしましたかと細い肩を抱き、
白い手を包み込むようにしてやって励ますように尋ねれば。

 『実は…。』

他言無用…な事態かも知れないと思いはしたが、
兵庫も久蔵に向けて 特には口止めもしなかったし。
たとえ黙っておれと言われていても、
このお友達が相手では、
それこそ視線一つでも
あっさりとあれこれ拾い上げられてしまうに違いなく。
途中の車中で既に榊せんせえから、
さすがは気心も判り尽くしている心得あっての、
要領よく引き出されていたそのまんま、
今さっき自分が渦中にあった事態についてを、
語ってしまっていたけれど。

 『勘兵衛様にも、相談した方が…いいのかな。』

そういや、昨年だったかその前だったかにも、
お見合いの最中だった彼女を狙っての、
複数人数がかりの襲撃という騒動がなかったか?
誘拐未遂ともなれば、
単なる喧嘩とはさすがに勝手の違う話だという感覚はあったらしく。
いつもの自力更生より先に、それが飛び出した七郎次の言へは、

 『兵庫が連絡をすると言っていたから。』

あの主治医様とて、
ことは三木財閥かかわりの事態かも知れぬとか、
そうでは無いなら無いで、
著名なバレリーナの誘拐未遂事件ということか…とか、
様々な切り口のある事態だというのが まずは察せられたのだろか。
素人が偏った一角から辿っても、早急には埒が明かぬかも知れぬ。
あのドライバーの彼がそうと匂わせたよに“済んだこと”ならいいけれど、
そうでないなら、
手段へも権限も何かと間口の広い玄人に任せるべきかもしれないと。
そちらの知己が居るのを幸いに、
融通が利くかどうかへはアテに出来ぬとしながらも、
これこれこうと実情を告げて、勘兵衛へ任せたのであるらしく。
そして、

 【 昨夜の騒動の、こちらなりの精査が済んだ。】

そうと久蔵へと連絡して来たのが今朝はやく…というのが、
ここまでの一連の流れであったのだけれども。

 「………。」

久蔵のみが遭遇した事態へ対し、
昨夜はどこへもそのような騒ぎや何や、
通報や報告という格好での届け出はなかったこと、
無論、だからと言って
“そんな事実はなかった”という早計なことは思わない、
仲間内で素早く撤収しただけかも知れぬ、と。
淡々とした口調でお嬢様たちへと告げてから…。

 「……。」

押し黙ったまんま、次をなかなか語らぬ勘兵衛なのは、
決して口が重いからでもなければ、
階級だの権力だのというつまらぬ柵(しがらみ)に
その口を塞がれたという、
頑迷というよりも鈍重な価値観からでもなさそうで。
口下手な久蔵が頑張って説明し、
尋常ではない事態には違いないと案じた兵庫からも、
こんなことを頼まれてもという立場は判るがそこを敢えてと、
内々に確認してほしいと、直接勘兵衛へ告げられた非常事態。
それは秘やかな、だがだが標的は年端も行かぬ女子高生だった、
実行されておれば それは凶悪な“襲撃”という行為に関して、
勘兵衛もまた“それは一大事”と、
彼の持つ手腕を惜しげもなく発揮し、素早く手をつけた…のだけれど。

 “ここまでクリアな肩透かしは例がないものな。”

そう。
ちょっとでも出足が鈍れば、
あの女傑ら、自分たちでも捜査の手を伸ばしかねぬと、
そっちもまた並行して恐れてのこと。
通報記録から監視カメラまで、
あらゆるデータへアクセスしての追跡という、
最新式の方向からにじり寄っても。
実際に現状近辺にいたはずの顔触れを、
手持ちの人脈を綿密に辿っての訊き込みであたっても。
痕跡が一切拾えない、それこそ異常な事態だったとの確認を
わざわざさせられたようなものだったなんて。

 「………。」

先進の機器を操る段階で、
急ぐのでしょう?と
こちらから強引にハッキングへの手を貸した格好の征樹が。
だからこそ、その焦燥への理解も深くてのこと、
つい込み上げる歯痒さに、こそりと渋面を作っておいで。

 “消しましたっていう上塗りさえ、残ってはなかった見事さだったし。”

こちらのお嬢さんの言が信用に足るという点が 揺るがないからこそ。
気のせいだの思い違いだのという形で見過ごせない齟齬が生じ、
結果として拭えない違和感となっている“空隙”が確かにあり。

 昨夜の街じゅうの 人の出入りや通行のデータとその映像、
 カードや携帯での支払い等といった、電子記録は言うに及ばず。
 とある人物の、お抱え運転手への採用資料に使われたはずの、
 様々な履歴やその謄本証書までもが、
 データとしても、書類の綴りの中からも、見事に掻き消されており。

  ―― しかも

尋常な手法ではそうそう追えぬ、
警察や公安といった捜査権限があってこそ追えた、
ギリギリのここまでもという、徹底した対処というもの、
即日という素早さできっちりと手を打ってあるということは。
万が一にもこの段階まで追って来る手合いがいるかも知れないと、
予想している彼らでということでもあり。

 となると、
 ここからは逆に、いやな予感を覚えもする。

 腕の立つ追跡者へだけ察知できる、
 その“違和感”はむしろ、
 相手からの親切な警告なのかも知れぬ。

人為的な隠し立てをした存在がいるぞということ、
ムキになって処理を尽くさず、無造作に放置されていることが。
却って、怪しい様相を呈しているように見えてならない。
自分たちのように、巧みな誤魔化しや情報操作にも振り回されず、
ここまで追随して来れた手合いへは、

  ―― 彼らは勘がよくて聡明だから、それ以上は踏み込むまい

という“見越し”をされているかのようでもあって。
それもまた、やはり恣意的な処理じゃああるけれど、
そこまで“此処からは相当に危険だ、引き返せぬよ?”という匂いには、
口惜しいながら覚えがあるからこそ、

 “儂だけの問題なら、
  ムキになろうと丸呑みしようと自己責任の範疇だが。”

伊達に齢を重ねてはいない。
様々な勘を総動員し、
多少は傷を負ってでもという無謀な賭けにも踏み出せようし。
危ない気配のぎりぎり至近まで寄った末、
思わぬ大きさで牙を剥かれても、
制裁も報復もこの身だけで済むよう、
相手からの逆追跡を圧し止める手配を取るための
狡猾周到な策を様々に繰り出せるだけの蓄積はある、この勘兵衛が。

  それへ触れようとした者へと襲う“危険”へだけは
  どうあっても踏み込んではならぬと
  ずんと昔に、身をもって実感しているだけに。

口が重くなっての、
これ以上は踏み込ますまいという方へ、
徹底する構えへ切り替えておいで。

 曰く、

 「久蔵が庇われたことが、全ての“結果”なのだろうと思う。」

百戦錬磨の、捜査畑の主のような彼だからこそ引き出せた結論だけに、
単なる肌合いだの、雛型からの想像だのじゃなかろうが、

 「何物かの暗躍があり、それが差し向けた暴漢がいて。
  だがだが、そんな影を難なく弾き飛ばした、
  その筋の玄人が活躍しただけのこと…とみるのが正解さね。」

 「正解って…。」

 その筋の玄人って、警備会社のボディガードさんだっていうんですか?
 そういう関係筋のお人は、けどでも
 不審人物を逮捕拘束する権限はありませんから、
 警察への橋渡しが基本で、
 よほどに危険な事態に居合わせたときだけ、
 現行犯対処という建前の下、体を張って守ると聞いておりますが…と。

監視カメラ検索は自分でもやってみたものか、だからこそ
そちらはそこまで削除出来てしまえる組織って何物かと、
随分と強行な秘密主義なのへこそ、
憤慨していたらしいひなげしさんが、
一気にまくし立てて来たのも、
重々判るからと最後まで聞いてやってから、だが。

 「気持ちは判るが、少しは恐れも感じなさい。」

叱るという語調ではないながら、それでも
勢い込んでいた彼女の、
鼻先をちょんとつついて立ち止まらせるだけの冷静さもて。
手短ながら、だからこその手痛さを滲ませた言いようで、

 「…っ。」

まあ落ち着けと、
実は廉直な人柄の平八の、
誠実だからこそ繊細でもあろう部分を鷲掴み、
器用もに思い止どまらせてしまった勘兵衛で。

 「恐れろって?」
 「ひれ伏せという意味ではないさ。」

そう、怯むという意味からではなく、

 「例えば、お主自身は切り抜けられても、
  周囲の者へも災禍が波及したらどうするのだ。」

まずはよくある言い回しを持ち出してから、

 「無論、越権だの専横だのが
  小市民の頭越しに悠々とまかり通るのはよくないが、
  それを言ったら、
  非合法な手法で 勝手に封印のある情報を覗き見るのも
  一種の僭越な行為だろうが。」

 「う…。」

お主が手掛けたのはあくまでも、
子供のようにルール原則を通すばかりじゃあ動けぬ事態とあっての、
言わば緊急避難だとしても。
ならば、それは緊急ゆえに使える切り札であり、
そうそう頻繁に便利に使われては、越権や専横と同じことではあるまいか。

 「知り過ぎることによる弊害というものもあるのだ。」

やはり、叱っているのではないということか、
くすんと息をつくよに小さく苦笑って見せて、

 「もしかして…久蔵を凶刃から庇ったことの陰で、
  もっと小さき者を人知れず庇った彼らなのかも知れぬ。」

例えば、そんな凶悪な事態となったなら、
不手際を糾弾され、側杖を食う者もおろう。
はたまた、久蔵ではないものを引っ張り出さんとする何か、
大きな騒ぎの影では誰にも気づかれまいレベルでの、
されど当事者には命削られるほど苛酷な交渉があったのやも知れぬ。
……という、
それだって十分におっかない“例えば”を口にした勘兵衛が、

 「だったとして、
  それへ対処できる存在がいたんだというのは、
  むしろ僥倖だと思わぬか。」

 「それはちょっと…。」

それこそ、
映画やドラマじゃあるまいにと言いたくなったらしい平八が、だが、

 「………。」

自主的に口ごもってしまったのは。
ではでは、他でもない自分たちが、
危険すれすれの、
勿論のこと逮捕権も司法権もない身で、
つまりは非合法な乱暴まがいのあれこれを
しでかして来た過去は何にあたるかを思い起こしたからだろう。
いくら義憤に駆られたからと言っても、
はたまた、順を踏んで警察に通報してたんじゃあ、
目の前の危機には到底間に合わないと思ったからだとしても。
不法行為にはそれなりに罰則がつくし、
紙一重で切り抜けられないで、大怪我でも負っていたら?
そこをいつもいつも叱られている彼女らであり、
手っ取り早く救えた、庇えた対象があったのは
達成感もあっての胸のすくことだったけれど。

 それって、誰かの危機だったから、
 颯爽と飛び出せた、勇壮に立ち回れた自分たちではなかったのか。

今の身の上でもバレエを嗜む久蔵は、
決して剛力ではないながら、瞬発力は人並外れたそれであり。
自分へと迫った何かの気配へだって、
即妙に避けることが出来ただろうし、
それなりの応戦を構えられもしただろに。
実際は、頼もしい誰か様にずっと庇われていたという。
これまでは、所詮は女子高生相手と、
どこかで舐めてかかった相手だったから通用していた力に過ぎず、
彼女をこそ標的とし、計画的に囲い込み、一気に攫ってこうとした手合いには、
たった一人で抵抗したとて通じなかったかも知れずで。

 「……そんなドラマみたいな存在、絶対いるわけないと、
  どうして言い切れましょうか、ですものね。」

実をいや、先だって京都からお越しのお嬢さんの難儀に対処するべく、
こちらの警察サイドの二人と三華さんたちがタッグを組んだ例もあり。
だがだがその折の行動は、随分と超法規な部分も多かりしで、
盗品売買系の捜査課との合同行動だったという格好で、
後から辻褄合わせをなさったとも訊いている。
迅速さを優先したければ、上の許可を待ってられるかと、
認可を受けないままという、どこかで非合法な手順を取らねばならず。
常に現場の判断のみを優先したければ、
始末書では追いつかない行動がやがては問題視され、
どこかの公的な部署に属す訳には行かぬ立場に追いやられ…。

 「…そんな、正義の秘密結社みたいな組織がいるのでしょうか。」

勘兵衛が言いたいことが判らんではないけれど。
想定外の事態へ、法が追いついてなくて、
侭ならない身が狂おしいとの歯噛みをした挙句、
次の悲劇が起きぬよう、
新しい方針とか政策とか、後づけでいいから設けていけばいいと。
こつこつとした長期的な歩みと平行して

  ―― 天誅を下す部署も、実はどこかにあると?

もしかして勘兵衛は、実情を知っていてのそれで、
言を尽くして自分たちへの説得にかかっているのかなと。
そんな気がして、訊いてみた平八だったのだけれども。




  「………さあな。」


返って来たお声は素っ気なく。
そういう手合いがいるなら、儂らももっと楽になってるのじゃあと、
在り来りなお言いようを重ねただけの、壮年殿だったそうな。





    〜Fine〜 12.08.30.〜08.31.


  *あああ。やっぱり理屈まるけのお話になっちゃいましたね。
   だって、あり得ないというか、
   まず警察は、一番に認めちゃならない存在のはずですもの。
   破壊工作も暴力も厭わないわ、情報操作や窃盗事犯もお手の物と来て、
   非合法活動 上等…ってな、過激な一族。
   しかも、標的相手もスネに傷もつ身だから、
   表沙汰にはなるまいという前提の下……。
   えぐいっ。
   これじゃあカンベエ様だって、気疲れする筈です。
   それでシチさんを手元から離さないのね。(こらー)
   きっと警視総監とか、警察庁の公安トップとかのみが知っていて、
   真夜中に枕元へ立っては、
   いついつどこで秘密裏にこういうことが起こるけど…なんて、
   意味深なお告げをするんだわ。(おいおい)
   そんな倭の鬼神と、その一族ですが、
   昼間のお顔は…おっ母様の争奪戦に懸命な、可愛いお方がただと、
   口が裂けたら喋れない……。

   「えぐいネタは辞めんかい、もーりんはん。」
   「ホラー苦手なくせになぁ。」

   …そこですか、ツッコミどころは。(う〜んう〜ん。)





  ●おまけ●

 「…今になって訊くのは遅い話かも知れませんが。」

単に煙に撒かれたんじゃあなくて、
勘兵衛もまた尽力をそそいでくれたその上で、
これ以上の追跡は止した方がいいと制してくれた順番なのなら。
それこそ、自分たちもまた“正義の味方団”なんかじゃあないのだ、
何も起きないというならそれでいいじゃないのと、
珍しくも、大人のご意見へ寄り切られたままになることとしたようで。

  …で

どこかでお昼食べて帰りますねと、
それは朗らかに警視庁をあとにした三華様がた。
(シチさんには後で警部補様から
 【そんな格好で出歩くのは辞めなさい】とかいう
 斜め着地なメールもあったりするのかもですが…vv)

 「久蔵殿を庇ったその運転手さんって、
  一体どんなお人だったんですか?」

 「???」

いや、もはや正体が追えないから判らないってのはさておいて。
見ず知らずの人には簡単について行くなと、
兵庫さんから重々言われておいでで。
しかも、そこまでの道行きとなるまで、
あれれ? こんな声の人だったの?こんな姿の人だったの?って
しっかり覚えてなかって言ってらしたし。

 「それが、
  不穏な気配があった中、
  あっさり信じてついて行こうと思えたお人でしょう?」

 「あ、そっか。」

榊せんせえに似てたとか?
いやあ、久蔵殿は“似ている”には惹かれないお人ですしねぇ
などなどと、
もうすっかりと意識も切り替えてしまってのこと、
冷やかし半分に訊いてみている、
ひなげしさんや白百合さんだったのへ、

 「?? 〜〜〜〜。」

えっとぉと小首を傾げて、
こちら様もさほどおっかない記憶じゃあないものか、
思い出そうとしていた紅ばらさんが、

 「…。」

ポンと手を叩いて思い出したらしいのは、

 「結婚屋に、ちょっと似てた。」

 「え?」
 「良親様に、ですか?」


 お後がよろしいようで………。(いいのか、ホンマに。)笑

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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